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南笠東
-みなみがさひがし-

歴史・史跡・文化財の紹介
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地域の概要
南笠東は、草津市の最も南に位置し、大津市に隣接している地域です。また、たくさんの工場が集まっています。新しい住宅や学生マンションもできています。
国道一号線や京滋バイパスが通り、車がたくさん行き来しています。

◆人口◆
*草津市公文書公開室 備付資料より

*年齢基準日2005/4/1





◆暮らし◆ ◆教育◆
県立草津養護学校 あさひ保育園
女性福祉相談センター 南笠東小学校
  玉川中学校(玉川)
   
◆憩い◆ ◆NPO法人◆
東南笠児童公園 グループホーム あいあい
笠山ふれあい広場 アイ アンド ユー
師子舞谷児童公園  

歴史・史跡・文化財の紹介

狼川 大亀川
「おおかみと大かめ」
それは、ずぅーとずぅーと昔のことやどお。
近江(今の滋賀県)の南の方に、笠寺といういっかい寺があったそうな。そんでな、その里のことをみんな南笠とよんでおったそうじゃ。
その里の東の方は山が連なっていて、そこへ登ると、びわ湖と云う日本一いっかい湖がとっても奇麗に見られる、静かなうつくしい里じゃった。
その湖に向うて、右に左にゆったりと曲がりくねりながら、一筋の川が流れておった。だがその頃、まんだこの川の名はついて無かったそうな。

その川の近くに、とっても心のやさしい一人の娘とおばあさんがすんどったげな。
ある日のこと、ばあさんがキィ、ギィー、キィ、ギィー、と糸車を廻しながら
「おいとや、またすまんが山へ柴刈りに行ってくれんかえ・・・・・・」
娘はそれを聞くと、すんぐに“しょいこ”をつけ鎌を持って山へと出かけて行ったげな。やがて背には一ぱいの柴を負うて、川づたいに戻って来ると、その川原に卵から生まれたばかりの子亀が一匹、流れの中で腹を見せながらもがいていた。おいとが近づいてようく見ると、甲羅が破けて足に怪我をしていた。
「お、おーお。かわいそうに・・・・・・泳いでいるうち、何処かの石にでもぶつかったのか・・・・・・さぞ痛かろうに・・・・・・」
 腫れものにさわるように、そおっと亀を拾い上げると、山の蕗の葉に包んで大事に持ち帰り、毎日二人で世話をしたそうな。その甲斐あって、一月もすると、子亀はすっかりと良くなって、盥一ぱいに遊び廻るようになったという。
 二人はこの姿を見て大喜び。もとの川に返してやることにした。
「お前を手放すのは淋しいが、それではお前が自由に暮らすことがでけん。そいで初めて出会たここで別れることにしたのや。達者でくらせよ・・・・・・」
 おいとは甲羅を撫でながら、そういって子亀を川にはなしてやった。亀は嬉しそうに泳ぎながら、その姿を流れの中に消してしまいました。りんどうが、そこここに美しい紫を見せている、ある秋の晴れた日のことであったそうな。

それから何年かの月日が流れた。
あの頃のおばあさんは、もうとっくに亡くなっていたが、娘のおいとはお婿さんを貰うてその名を与吉と呼んでいた。いつの間にか赤ん坊も生まれ、与一と名付けて大そう可愛がっていたそうな。
ある暖かい春の日のことじゃった。
与一をふご(わらで作った赤ん坊を入れるもの)に入れ、日あたりのよい川の土手下に遊ばせながら、与吉夫婦は畑仕事をしていたそうじゃ。
と、今まで機嫌よく遊んでいた子が、急に火がついたように泣き出した。急いで駆けつけてみると、なんと首筋のあたりから血が吹き出ているではないか。
「こ、これは・・・・・・一体、ど、どうしたことや・・・・・・」
与吉はあわてて傷口を見た。
「あっ。歯型があるわ・・・・・・山の狼じゃ。」
天秤棒をつかんであたりを見たが、すばしっこい狼のこと、その姿はもうどこにもなかった。ただその足跡だけが川原の砂の上に点々と残っていて、それが山の方に消えていた。
与一の傷は幸いに浅く、おいとが“おおばこ”の葉をもんでつけると間もなく血が止まった。
 そんなことがあってから、里の誰彼の鶏や子牛、果ては赤ん坊までが、その狼に襲われたり、喰い殺されたりする日が続いたそうな。里人は相談して“わな”を仕掛けたり、弓矢を用意したり、猟師を頼んで山狩迄したが、なかなか悪知恵が働く奴で、どうしても捕らえることも殺すことも出来なかった。そしてその被害だけが後を断たず、いたずらに怖れ、おののくままに日が過ぎていったという。

お日様がぎらぎら照りつける夏のある日のことじゃった。おいとは与一をおぶって、川へと洗濯にでかけたそうな。いつものように、淵でザブ、ザブ洗っていると、にわかに水面が波立ったかと思うと、蓑を拡げた程のいっかい亀が現れたげな。おいとはもうびっくりして思わず洗い物をおとしそうになった。
けれども、ようーく見ると甲羅の傷に見覚えがあった。
「あっ、あー。お前はおばあがまだおった時分の、あの亀やないか。・・・・・・まあ、ずい分いっこうなって・・・・・・びっくりしたがなあ・・・・・・」
大亀は淵から這い上がると、おいとの足元になつかしそうに身をすり寄せて来そうな。
「おうお、お前も達者でよかったのおー」
そう云い乍ら、その背中を撫でてやるのやった。
「そうや・・・・・・。ひょっとしたら、お前ならでけるかも知れん。ひとつ頼まれてくれんかえ・・・・・・。実はな、この近くの山に悪い狼めが住んどってな。そいつが里へ下りて来ては“襲うたり”“喰い殺したり”で、もう里のもんはみんな難儀しとるんや。うちのこの与一もこの春噛みつかれ、ほうーれ見てくれ、首のここにこんな怪我させよった。
お前、もしここへあの憎い狼が、水でも飲みに来よったら、その時はパッとその喉首に喰らいつき、この淵に沈めてくれんかえ・・・・・・」
おいとは亀の甲羅を撫でながらそう云うと、亀はコックリうなずいて、また元の淵へと姿を消してしもうたそうじゃ。

四、五月すると狼の姿がプッツリ見えなくなり、誰も襲われなくなったので里人は不思議に思いながらみんな喜んどったげな。
「おおーい。川の淵にいっかい狼が死んどるどおー」
 みんなそこへ行って見ると、あの憎らしい狼が喉を噛み切られて浮いとったそうな。
「あの大亀がやっつけてくれたのやっ!」
思わず大声でそう叫んだのは、おいとやった。
 それから里の人々は、この川のことを「狼川」とも「大亀川」とも呼んだと云うことじゃ。

(原文は、南笠町故奥田九四郎氏による。)

表紙イメージ 地域のおはなしシリーズ1
みなみがさひがしのむかしむかし より

編纂
南笠東学区街づくり推進委員会

発行者
南笠東学区自治連合会

人物

川瀬 茂作

現在では、家や大きなマンションが建ち並ぶ笠山ですが、以前は梨や柿、ぶどうなどの果樹園が広がっていました。
この果樹園を始めたのが川瀬茂作という人です。茂作は岐阜県出身で果樹園をしていましたが、1912(大正元)年ごろ、妻かよと笠山に移ってきました。
笠山の土地はなだらかの丘陵地であって、粘土と砂が混じる土壌であったことが、果樹園として最適でした。
茂作は果樹を作ることを草津に広めましたが、現在は川瀬さんの家に梨の木は無く、人々の暮らしや土地の変化によって梨園は、住宅などに変えられています。
【八景なし】
 生産の多さや味の良さで知られ、京都や大阪はもちろん、遠くは海外まで輸出されていました。
 
 

 

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