●歴史・史跡・文化財の紹介
草津川堤防の名木
横町道標から草津川を渡って堤防を下った新屋敷第二公民館前にあるのが、イロハモミジで樹高9メートル、推定樹齢200年以上と言われていたが、去る平成8年9月にかれたため栽培され、現在2代目を育成中である。
大路井道標
明治19年(1886)、草津川の川底を掘り抜く草津川マンポ(トンネル)が完成し、東海道と中山道の分岐点は草津追分から覚善寺南西角に移った。この石造道標は同年に建立されたもので、現在は覚善寺門前にある。
小汐井神社の名木
全く別科目の二本の木、クロガネモチとムクノキが接合して成長しているのが小汐井神社の参集殿に前にある木で、同神社の御霊験ある安産・縁結の御神木とされている。樹齢500年の大木である。
旧草津川堤防 コスモス街道
大路地区のボランティアの方と草津第二小学校の生徒の協力により、秋はきれいなコスモス街道が出来、市民の目を楽しませている。
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●人物の紹介
南 新助
1885(明治18)年に生を受けた南新助の父は草津の地に鉄道を敷いて駅を作るときに尽力した人物であったために、草津駅構内でただ一人売店を持つことを許されました。
うばがもちや駅弁を販売することが家業となり、新助はそのかたわらで鉄道を使って何かできないかといろいろ考えた末、手軽に記者の旅を楽しめる方法を生み出した。(今で言う企画旅行)
●産業(動植物含む)
うばがもち
うばがもちは永禄年間(1558〜1569)に生まれたもので、江戸時代には東海道と矢橋道の分岐点にありました。現在もその跡地に「右やばせ道」という道標が残っています。その後、明治初期に山田道が新設された時と草津駅が開設されたときに、それぞれ店を移すなど時代の動きにも対応してきたが、1935(明治10)年頃に廃業した。第二次世界大戦後に経営者が変わって、復活し現在では国道1号線沿いに移転しました。
また、近松門左衛門、安藤(歌川)広重、葛飾北斎らも競うように「姥が餅」を取り上げ、浄瑠璃や浮世絵、東海道名所図会にも登場しています。
▼ 問い合わせ
株式会社 うばがもちや
草津市追分町17
TEL:564-4649 |
●伝統・風習
草津納涼祭り
毎年8月23日、地元の地蔵本時期に市内目抜き通り商店街を中心に、各商店街のイベントや協賛団体による催物が行われる。中でも各所で行われる「つくりものコンクール」はその年に話題となった人や出来事を野菜や家庭用品などを使って表現している。
「つくりもの」とは自分の商品で飾っていたのが始まりで、徐々に現在の納涼祭りとして商店街の催しに発展してきました。
▼ 問い合わせ
草津商工会議所業務指導課
TEL:077-564-5201 |